YouTube上には多くの音楽動画が溢れているが,その中では未だに著作権的にアウトなものも多い.例えば「(任意のアーティスト) Full Album」と検索すれば,多数の実例がヒットする.
YouTubeの動画サジェストは非常に優秀で,Apple MusicやSpotifyなどとは比べ物にならない.おそらく長年のデータ蓄積とユーザー数の多さが決定的な要因だろうが,とにかく,全く音楽ジャンルの違う作品でも,共通した"空気感"を拾ってきて次に見る候補に表示してくれる.音楽をディグるのには絶好のツールだ.さらに言えば,著作権的にクリアな他のストリーミングサービスでは存在しないような,著作権があやふやな作品,例えば旧ソ連など共産圏のマイナー音楽や80年代絶版テープのパンクロックなど,その手のものがゴロゴロ落ちていてとても有り難い.欠点として音質が悪い,静止画だったとしても動画だから通信量が大きい,というところが挙げられるが,却ってそれが権利者に削除を躊躇わせてる部分もあったりして,優秀なグレーゾーンと言わざるを得ない.
例えばThe BeatlesやQueenといったビッグネームは無断転載に割と不寛容であり,厳しく動画を削除してきた.しかし最近では若い世代への影響力を考慮したのか,なんと公式に動画を公開している.例外的なのがJ-POPであり,基準はめちゃくちゃ厳しいし,最悪,違法アップロードで訴えられる.良いとか悪いとか言うつもりはないが,今のインターネットネイティヴはCDなんてレンタルすらもせず,ネットで聴きやすい音楽を優先的に聴いていく,ということは事実だ.
こういう例もある.80年代にヒットした日本の女性歌手,竹内まりやは日本でこそそれなりの知名度があるが,海外では当然のように無名であった,しかしあるユーザーがYouTubeに彼女の曲"Plastic Love"を投稿したのをきっかけに,それがバズり,彼女どころかその周辺の日本人アーティストまでが注目を浴びるようになった.そして,日本国内でのガラパゴス的ジャンルであったシティ・ポップが世界レベルで再興し,現在進行系で流行している.Vaporwaveとの関連性もあるだろうが,ここでは触れない.また,知名度のないミュージシャンがBandcampやSoundCloudのみに曲を投稿していたところ,それを動画化して(おそらく)無断転載,そこから人気が高まり,結果として公式の知名度も伸びたということもある.
結局は無断転載,便利だけど漫画村やMusicFMのように悪いものだという見方はある意味正しい.だが,ここでYouTube(の住人)が他と一線を画する部分は,マイナーな音楽でも発掘し動画を作っている点だ.いい!と思ったものでYouTubeに動画がなければ,それを同じ音楽好きにシェアしたい一心でアップロードする.悪質なユーザーはいるが,殆どのマイナー音楽"違法アップローダー"は広告収入を受け取っていないだろう.
"違法アップローダー"の中には,センスのいいアルバムを発掘して投稿する"ディガー"のような立ち位置のアップローダーが多数存在し,チャンネル登録者も多い.彼らのようなユーザーに取り上げられれば多数の再生数が見込めるから,特に無名のアーティストにとっては夢のような話だ.スポンサーも何もついていない,目的はいい音楽をシェアしたい,こういう理由で音楽が広まり,コメントが集まる.理想的な形だし,まだサブスク系サービスに登録していないアーティストやバンドの背中をひと押しするきっかけにもなる.私も,定額ストリーミングサービスを使い始める前は,音楽は専らYouTube上で探していた.そこで有名無名問わず色々なミュージシャンを知り,気に入ったものはCDを購入したこともある.
音楽ストリーミング市場は既に巨大化し,YouTubeですらそれに参入した.無断転載が持て囃された暗黒の時代は終わりつつあるが,それでも今のところ,YouTubeは最強の音楽ツールだ.レコードやCDを売買していた物質的な市場から,ストリーミング主体の体験的な市場にシフトするまでの"つなぎ"として,YouTubeはよくやったし,少なくない数のアーティストに日の目を見させてきた.タイトルにはこう答えたい少なくとも,無断転載は売れないミュージシャンを救ってきた」と.