Nirvanaの歌詞とロマンス語派

Nirvanaの歌詞解釈は幾多もあるが,どれも正確なものとは言い難い.詩人,ウィリアム・バロウズから影響を受けたとも言われるカート・コバーンの歌詞は,断片的にて暗喩的,直接何か具体的なメッセージを訴えているわけではないから,当然である.

今回はSmells Like Teen Spiritの歌詞,特にサビの部分に注目したい.一見意味不明な部分だが,今回は意味を考えると言うよりも,その歌われ方,どう響いているかを英語やロマンス語と関連して考えていく.

Nirvana - Smells Like Teen Spirit (Official Music Video)

いきなり本題に入る前に,少々言語に関しての説明をする.

英語というのは,母音で終わる単語が割合,少ない.どれもtとかdとかgなどの子音で終わったり,same,mateのように文字的にはeがついていても発音はしなかったりする.後者に関しては,元々,英語はローマ字読み,つまりaやeをアやエとそのまま発音していた言語だったのだが,14世紀頃から始まった大母音推移という現象により,母音の読みが変化し,結果eを読まなくなった,という歴史的経緯がある.

ここで語族と語派についての説明をしたい.ヨーロッパの言語の多くが,元々一つの言葉から枝分かれしたと言われていて,その言語の子孫をひっくるめて「インド・ヨーロッパ語族(印欧語族」という分類がされている.インドということから想像できるように,実は,今のインド北部で話されているヒンディー語も同じグループだ.さらに言えば,イランの公用語ペルシア語やロシア語も仲間である.なぜここまで広範囲に広がったのはまだわかっておらず,インド・ヨーロッパ祖語を話していた最初の民族,彼らがどこの出身かも同様に判明していない.文字もない有史以前の話なので調査はかなり難しいのだろう.そして語派だが,いわば語族のサブカテゴリだ.インド・ヨーロッパ語族の民族があちらこちらの土地に散らばり,定住するようになると,少しずつ言語の形が変化していく.違いの大きい方言と考えていいだろう.ヨーロッパでは主に3つの語族が主流である.ゲルマン語派,ロマンス語派,スラブ語派だが,今回の題材に直接関連するのは前者2つだ.

ゲルマン語派は主に英語やドイツ語を含む語派だ.発音に関しては,母音で終わる単語が少ない(印象がある).ちなみに,ゲルマン人とドイツ人は,英語ではどちらもGermanである.

ロマンス語派を代表する言語は主にイタリア語,スペイン語,ポルトガル語だ.発音では語句の終わりの母音をしっかり発音する傾向が強い.フランス語も同じ枠に入るのだが,こちらは複雑な推移により発音が独特になってしまったので一概に言えない.

随分引き伸ばしたが,英語では語末に母音が少ないということを理解していただけただろうか.このような言語特性は,やはり歌の響きに影響を与える.

例えば,イタリア語

Luciano Pavarotti sings "Nessun dorma" from Turandot (The Three Tenors in Concert 1994)

語末の母音を響かせて歌えるのでビブラートなどの表現がしやすいしメロディも伝えやすい.今風の言葉にすれば"エモい".

一方で英語

The Police - Every Breath You Take (Official Music Video)

語末の子音で韻を踏んでいるのだが,歯切れよくパーカッシブな押韻により,細やかなリズムを表現することに向いている.門外漢なので貼らないが,ヒップホップではこの傾向が顕著だ.なぜ日本語ラップがダサいのか,もここに帰結する気がする.

さて,古来よりイギリス人はフランスやイタリア,すなわちローマ的なもの惹かれてきた.現在でも当たり前のようにフランス語やラテン語を英語に取り入れて使っているし,日本人にとっての古文や漢文のように,彼らはロマンス語を学校で学ぶ.ローマへの憧憬の念は音楽においても同じであると予想する.本当ならばイギリスのオペラ史を紐解いて解説したいのだが,残念ながら知識がない,ので代わりにこの曲を参考音源とさせてもらう

Queen – Bohemian Rhapsody (Official Video Remastered)

Gallileo Figaroなんてもろイタリア語であるし,他にも語彙が散りばめられているが,1つはオペラ的な雰囲気を出したかったという理由があるが,その独特な響きで歌いたかったとも推察できる.確かなことは,英語の曲においていい意味での違和感を持って,ロマンス語由来の語彙が発音され,歌われていることだろう.

ここでSmells Like Teen SpiritのChorus部分から引用

A mulatto

An albino

A mosquito

My libido

直訳すると,白人と黒人の混血,アルビノ(色素が欠乏している人),蚊,リビドー(性的衝動).最初の2つは対比関係を成しているともいえる.ただ,今回注目するのは,これらすべてがロマンス語由来の単語ということだ(前半3つはスペイン語,libidoはラテン語由来).この部分がゲルマン語由来の単語で歌われたならば,音価は伸ばしづらくなり,彼の叫びにも似たメロディを表現するのは難しかっただろう.更には舶来的な異質なニュアンスを表現されていて,独特の世界観を確立している.

他にも彼はCome As You AreのChorusにてMemoria...と歌っている.Memoryでは語末の音価を伸ばすことができないからだろう.Memoria ,当然ながらロマンス語風な響きだ.私は純然たる日本語話者なので推測になるが,こういう単語の選び方は英語話者は古風に感じるはずだ.そこも加味して聴くと面白い.

もう1つ,カートがラテン語由来の単語を使った理由として,彼が医学用語を歌詞や曲タイトルに使用することも挙げられる.医学論文などに目を通してみればわかるが,現在の医学用語の殆どはラテン語やギリシア語由来である.例えばIn Utero(子宮内),Aneurysm(動脈瘤),Anorexorcist(拒食症患者)など.(この場合,使わざるを得なかった,というべきかもしれない)それらの単語を使用した意図としては,例としてMexican Seafoodの歌詞を参照してもらうとわかるが,肉体や性的な行動に起因する生々しさ,血や汚物などのグロテスクさを強調したかったのだろう.それはIn Uteroのアルバムカバーに描かれる人体模型のような天使とか,ヴィジュアル面からも見受けられる.

Nirvanaと直接は関係ないが,同時代のオルタナティブロックバンド,PixiesではボーカルのBlack Francisがスペイン語を学んでいたので,曲中でスペイン語の歌詞を聴くことができる.あまり音価を伸ばしたりという使い方ではないが,英語歌詞の中でアクセントにはなっている.

Pixies "Vamos"

なんだかまとまりのない記述になってしまった.本当はロマンス語を用いた英語歌詞の書き方まで考察しようと思ったが,それはまたの機会に.とりあえずロマンス語の響きはカッコいいということを主張したい.